Heart dictionary

テト吉日記38

   池上悟朗の心の講座(自分が気に入った人になろう!)


(ト)今日からイメージで見えてる物ってなんなのっていう話しだったわよね? (テ)そうなんだ。みんな色々な想像って出来るでしょう。でも、想像で見えるものって    いったい何なんだって誰かに聞いたことある?     (ト)ないわよそんなの考えちゃいけないんじゃない?想像するものっていわれても、、、    イメージって「いいことをイメージしなさい」っていわれるわ。「悪いことを想像し    ちゃいけない」のよ。        (テ)質問の答えになってないよ「こんなふうに考えちゃいけない」っていう「モノ」なの?    そんな「モノ」ってある?     (ト)うーん。想像できるもの、イメージの絵が何かって聞かれてもねー。「夢」と同じよ    うなもんじゃない?現実と違ってあんまり意味はないんじゃない?    でも、想像が積極的な人が素敵な人なのよ。それはいえるわ。何かを考えようとした    ときにもいろいろ頭に浮かぶけど、現実にあるモノも想像できるし、現実にないモノも    想像できるわよね。、、、、そうだ!この質問に「答えはない」のよ。 それが答え。     (テ)「答えがない」って良く聞く素敵な答え方だよね。不思議な、神秘的な、答え方だね。    ただ、今僕が話したいことからすると、ここで、はぐらかされると悩んでる人にとって    は「なんにも聞いてた意味のない」話しになっちゃう。だから「答え」を言っちゃう    ことにするよ。        「想像で見えるモノ」はなんでも、いろんな「きもち」を感じるために                 その人が使っているただの「シンボル」なんだ。        うーんと簡単に例を言えば「楽しい」って感じようと思ったとき自然に描くイメージは    トトちゃんにとって楽しいっていう「意味をつけている」イメージなんだ。人によって    違う。恐怖映画の1シーンを思い浮かべて「楽しい!」って感じる人ももちろんいていい    んだ。     (ト)シンボルって外国語じゃない。日本語で言えないの? (テ)「象徴」っていうと余計わかりにくくない?   「本来関わりのない2つのもの(具体的なものと抽象的なもの)を何らかの類似性を   もとに関連づける作用例えば、白色が純潔を、黒色が悲しみを表すなど」(広辞苑)   って事になるよ。イメージのなかにあるものはなんでも、シンボルで、それをイメージ   で見る目的はある「きもち」を感じるためだよ。「きもち」を感じるために何とどんな   気持ちを結びつけているかが登録してあるのが「ハート辞典」って呼んでいるところだ   と思うとわかりやすいよってずっと話してきたんだ。まわりで起こっていることはなん   でもだよ。なんでも心が動いたらハート辞典に書いてあるんだって分かるんだ。      「人から言われた言葉」、「身の回りに起きた事件」「自分の好きなもの嫌いなもの」   何でもいいんだけど、例えば「バーカ!」って思いっきり言われても腹が立っても立たな   くてもどっちでもいいんだ。      誉められて「うれしい!」って感じてもいい「どうせ本心じゃないに決まってる。」と   いじけてもいいんだ。良い、悪いじゃなくて「ハート辞典」に書いてあるとおりに   感じてるだけなんだよ。    (ト)イメージできるものには大した意味は無いって言うの?それじゃあつまらないじゃない。 (テ)大した意味があるか無いかはその人によって違うんだよ。誰かが好きでたまらないとし   たらたとえイメージで見たその人がタダの「どきどきするためのシンボル」でも大事な意味   があるんじゃない?「大した意味」の「意味」って「心が動く」かどうかを言ってるだけだよ。   「ハート辞典」に載ってることが「意味があるもの」載ってないことが「意味のないもの」ただ   それだけのことなんだ。「ハート辞典」は気持ちを決める辞書なんだからね。      「そんなもの無意味だ!」って叫ぶ人がいるとする。沢山心が動いたみたいだから「意味がある」   って事かもね。


  前へ戻る      HOME      次へ進む