(テ)ここから先はトトちゃんが想像力の遊びをどこまで許せるかにかかっているよ。 始めれば分かるけど、ただ「想像する」って言っても出来ることと出来にくいこと があるんだ。前にも話したよね。でもそれも全部「ハート辞典」の内容通りだよ。 つまり「何を信じているか」に全部左右されてる。でも、辞典は書いた物だから書 き換えられるんだ。あっ、「ここまでなら許せる」っていうのも「ハート辞典」に 登録してあるからそう感じるんだよ。 「我慢も限界」の限界がとてつもなく高い人と、すぐにヒューズが切れちゃう人、 いるでしょう。それも全部おんなじ。変えようと(ホンキで)思うなら変えられる よ。「ホンキ」というとすぐに「真剣に厳しく」だと思うでしょう。違うんだな。 (ト)まるで「ハート辞典」が自分なんだ。みたいに言うわね。 (テ)半分はその通り!「自分で自分がわからない」ってよく言うでしょう?「ハート 辞典」があるとしての話しだけど、自分が分からないことはないよ。だって変じゃ ない自分が分からないなんて。「どうしてこんなふうに思うのだろう」について は答えが絶対あるし、それを一瞬で探す能力はもともと誰にでもあるはずなんだ。 でもね「自分が分からない」って言うふうにとらえる方法もあるよ。そうやって 自分を不思議な存在にしておく手段があるだけなんだ。「ハート辞典」の最初 に書いてあるけどそうやって信じているものの中に「カギ」の役割をしている ものもあるんだ。自分の感じ方を変えにくくするために使っている決まりだよ。 それも見え方にちょっと特徴があるだけで同じ原理で動いているよ。 じゃあ、なんでココロが複雑に感じられるかと言えば「ハート辞典」と呼ばせて もらってるけど、一度状況や物にくっつけた「意味」を登録しておいて次回から 自動的に感じる機能が付いているからなんだ。あたかもどこか神秘的な部分から 感情が与えられているように錯覚してしまうんだよ。原理が単純だからどんどん 複雑に見せる方法もいくらでも生み出せる。ON OFF のたった2種類の状態から すごく複雑なことが出来るコンピューターと同じだよ。 (ト)確かにその通りだと便利だとは思うけど、ぜんぜん神秘的じゃなくて素敵じゃないわ。 (テ)本当だよね。こころはとらえどころがなくて不思議な物じゃなきゃいやだよね。 ボクの場合は本気で参ってたから。素敵で神秘的じゃ困るんだよ。だからこんな ことを考えたんだ。でもね、ここからが残りの半分だよ。 「ハート辞典」に書いてある内容は分かったとして、それが自分の感情にとって 都合の悪い物だったら状況や物と都合の悪い感情のつながりを切るだろ。 すると、同じ状況でも自動に「ゾーッ!」としたりしなくなる。さてと、その後だ よね。今度は冷静に状況を眺められるんだけど、そのときそれにどんな意味をくっ つける?ここが「自分」のもう半分、それは「意志」だよ。 それが本当の意味で自分自身の特徴じゃないかな?なにを選びたいのかはその人の 選択なんだ。 どうしてそちらを選び続けるのか、最終的にはその人の「意志」で決まるんだ。 ボク自身どうして「いちいちビクビクしなきゃならない自分を変えたい」のか は分からないよね。「そのままでもいいじゃない。個性なんだから」と言っちゃえ ばそれでもいいんだもの。ずっと嫌な気分で不機嫌で、胃がいつもキリキリ痛くて 小さな声で下を向いて生き続ければいいんだもの。別にそれも悪くないよ。 そう思うと「意志」はちゃんと神秘的でしょう。「ハート辞典」を「体験の想像」 で書き換えて変わっちゃう部分はさっさと書き換えちゃおう。この部分で悩むのは あんまり大した意味がないね。とはいってもその量が膨大だから一生楽しめる こと間違い無しだけど。 さて次回からやっと楽しい楽しいイメージの世界だよ。ボクが使ってきたイメージ で効果があったイメージを参考に並べてみるよ。個人によってすごい差があると思 うけど参考にはなると思う。だって状況や物に付けている膨大なデーターベース 「ハート辞典」に全員に共通なイメージなんてあり得ないから。ただ、みんな不思 議と上手に協力して暮らしているんだから共通な部分もかなり多いかも知れない。 そんなことわからないけどね。 それにしても何をイメージするのか聞いたらたいていの人はあきれるかも知れない な。でもそれも楽しみだな。